生まれ育った山里で

生まれ育った山里で

舗装道路から山道にはいると、雨にあらわれた草木と湿り気のある土のいい香りがした。透きとおるような鶯の鳴き声に誘われ、緑のトンネルを抜けると一気に視界がひらけ、のどかな山里の風景がひろがった。畑のあぜ道を進むと、土手の上から、ふっくらとした顔に満面の笑みを浮かべたTさんが出迎えてくれた。

「家で最期までおれて、あの方は、ほんまに幸せやったと思います。実の娘と二人で看てたんで、気いつかうこともなかったし。先生にも看護婦さんにもようしてもらって、こんなにええ制度(在宅ホスピス)、もっともっと広めてほしいです。だって、先生が来てくれはるんやから。ありがたいよう」

笑いじわが刻まれ、少し日焼けした顔は、山の精気を浴びて暮らしているせいだろうか、とても元気そうでやさしい。その笑顔を見ていると、自然に肩の力がぬけ、こころの凝りがとれる気がした。

開発が進む新興住宅地から、車で 20 分ほどのところにある村に、Tさん家族は三世代で暮らしている。

平成 19 年4月、Tさんの夫Sさんは、生まれ育ったこの地で 72 年の生涯を終えた。Sさんは小学校3年生、わずか9歳の時に相次いで両親を亡くしている。当時、交通の便のない山里に、急を聞きつけ医師が駆けつける困難さは、容易に想像がつく。S少年は淋しさに眠れぬ夜もあったであろう。その苦労を乗り越え、成人してのSさんは人にやさしい、徳の高い人物であったそうだ。そのことは、枕念仏に訪れた僧から、寺院に尽くすだけでなく、社会的に貢献度の高い、限られた人にしか与えられない「院號」を授かったことにも表れている。葬儀には故人を偲び、多くの人が参列したそうだ。

Sさんは4年前に受けた大腸ガンの手術後、肝臓、肺への転移が発覚した。抗がん剤の投与、検査のため、大学病院への通院、入退院を繰り返していたが、その効果は頭打ちとなり、しだいに心身への負担が大きくなっていった。

「もう、しんどいことはやめましょうね」

春が訪れる頃、主治医が告げた言葉にTさんと娘Yさんは頷いた。

「自分の命、わかってはったんかなあ。病院は嫌やゆうて。大部屋では、咳き込むと隣の人に気をつかうし、個室は淋しい。家に帰りたいって・・」とTさん。

そうなると、まず家に往診してくれる医師を捜さなくては、こんな山の中に来てくれる人はいるのだろうか・・・。心配そうな二人に紹介されたのがひばりメディカルクリニックだった。

翌日、杉山先生がやってきた。不便なところへの往診に恐縮するTさんに「この辺はよく知ってるから、平気やで」と笑顔で答えた先生は、偶然にもこの村に縁のある人で、この山は幼少時代の遊び場であったという。

娘Yさんが介護休暇をとり、いよいよ在宅での日々が始まった。理学療法士を目指し勉強中の息子H君も春休みを利用し、はなれに置かれたSさんのベッドまで食事を運ぶなど、快く看護を手伝った。Sさんは、世話をする孫に手を合わせて礼を言っていたという。余談だがH君は、高校時代にサッカー部で活躍し、奈良県代表として国立競技場で善戦した経験をもつ。Sさんにとっても自慢の孫である。病床にいたSさんは、孫の勇士が映った写真を枕元に飾り、それをなでながら活躍を喜んでいたそうだ。 
悔いが残らないように看てあげたい。Tさんと娘Yさんのどちらかが傍にいるようにし、ほんの少しの不在にも声がかけられるように携帯電話を枕元に置いた。体のだるさを訴えるSさんに手をあて、さすってやった。

トントン、トントン。ベッドを叩く音に眠い目をこする。「少しだけ寝かしてね」と頼んで横になったものの、寝付けないSさんから、ものの5分、 10 分でトイレの合図がはいる。娘と交替で何とか頑張るが、連日の睡眠不足はさすがにこたえる。慣れない介護のせいか、余分な力がはいり体力も限界に近い。これが在宅での一番の辛さで踏ん張りどころだった。しかし、この苦労があったからこそ、大切な人との別れに、こころの整理をつけられたともいえる。そのどん底の時に、救いとなったのが先生の何気ない一言だった。

先生に相談すると、「眠れんとしんどいなぁ。介護してる人が倒れたらあかん。もう少しおとうさんがぐっすり眠れるように薬をふやそう。薬でアカンかったら注射にするからね、電話してきてよ。待ってるよ。夜中2時でも3時でも注射しに来るからねって言ってくれたの。ほんまに嬉しかった」

 

散髪を済ませ、さっぱりとしたSさんは、それから数日後、ロウソクの灯がすっと消えるように、まさにそんな表現がふさわしい静かな最期を迎えた。家族が見守り、孫のH君が脈に手をあて、呼吸を確認する。「おじいちゃん、命、終わりはったよ」午前2時 45 分のことだった。連絡すると、すぐに杉山先生と看護師が来訪。まだ体の温もりが残るSさんの体を清め、こころのこもった旅立ちの準備をする看護師にTさんは深く頭を垂れた。

 

もう一つ、Tさんがぜひ話しておきたいとおっしゃたのが在宅での費用についてだ。

「こんなに良くしてもらって、請求書の額が一桁間違ってるんとちゃうかなと思った。安してもろたんと違いますかって、何度も聞いたくらい。病院の大部屋でも一日三千円はぜったいかかるし、通院も乗り物乗り継いで、あっちで待ちこっちで待ちするんやから。それに、最期はナースコールを押す力もなかったと思うから、おじいさん、一人で逝ってしまうとこやった。皆にもゆってますねん。先生がちゃんと来てくれて、死ぬのにお金もようけは、いらんよって。ぜひ、もっとたくさんの人にこんなんできるって伝えてくださいね」。

そうTさんは念を押した。